大判例

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東京高等裁判所 平成5年(ラ)489号 決定

抗告人(申請人)

株式会社エスコリース

右代表者代表取締役

犬飼甫

右代理人弁護士

本田勇

相手方(被申請人)

株式会社イージーキャピタルアンドコンサルタンツ

右代表者代表取締役

垣端信栄

相手方(被申請人)

垣端信榮

主文

一  原決定を取り消す。

二  登記権利者である抗告人(申請人)のため、別紙物件目録(一)記載の不動産につき東京法務局に対して、同目録(二)記載の不動産につき東京法務局港出張所に対して、それぞれ平成三年五月一七日譲渡担保による所有権移転登記の仮登記を命ずる。

理由

一本件抗告の趣旨は主文と同旨であり、その理由は別紙記載のとおりである。

二一件記録に、当審において新たに提出された疏明資料を合わせ検討すると、抗告人(申請人)は、相手方(被申請人)株式会社イージーキャピタルアンドコンサルタンツ(以下「相手方ECC」という。)に対し、昭和五八年三月から多数回にわたり多額の金銭を貸付け、貸金債権残元本一九八二億余円を有しているところ、平成三年五月一七日、相手方ECC及び相手方(被申請人)垣端信榮との間で、右債権を担保するため、相手方ECC所有の別紙物件目録(一)記載の不動産及び相手方垣端所有の同目録(二)記載の不動産(以下、同目録(一)、(二)記載の不動産を「本件不動産」という。)並びに相手方ら所有の全国各地に所在する多数の不動産につき、抗告人に対しその所有権を移転する旨の譲渡担保設定契約を締結し、同日ころ、相手方らから本件不動産の右登記手続に必要な書類である各権利証、相手方らの印鑑登録証明書、委任状等の交付を受け現にこれらを所持していること、また抗告人は、相手方ECCの関連会社である申請外株式会社五えんや及び申請外株式会社関西ファクタリングとの間でも、同日、右債権を担保するため、同会社らが所有する全国各地の多数の不動産につき右同様の譲渡担保設定契約を締結し、その登記手続に必要な右同様の書類一式の交付を受けたこと、ただしその際、抗告人は、相手方ECCが平成四年三月末日までに前記の多数の不動産を任意に売却しその代金をもって右債務のうち一〇〇〇億円以上を弁済することを約束したため、相手方との間で、その時期まで右の登記手続を留保し、期限までに右弁済がされなかったときは、以後抗告人が必要と認める時期にいつでも登記手続を行うことができるものとし、それまで相手方らが印鑑登録証明書の有効期間である三か月毎にそれぞれ新しい印鑑登録証明書を再交付し抗告人の右登記手続にいつでも協力できるようにしておくとの合意をしたこと、その後右合意に基づき、相手方らは、抗告人に対し、平成四年二月中旬ころまでそれぞれ五回にわたって三か月毎に新しい印鑑登録証明書を交付し続けた(五枚目の各有効期限は平成四年五月中旬ころであった。)こと、ところが相手方ECCが平成四年三月末日までに一〇〇〇億円の弁済をしなかったので、抗告人が右登記手続を実行するため相手方らに対し新しい印鑑登録証明書の再交付を請求したところ、相手方らはこれに応じなかったこと、相手方らは、抗告人との間で平成三年五月ころ前記借受金債務を担保するため本件不動産以外の不動産についても根抵当権設定契約を締結しその履行期を徒過していたところ、抗告人が本件譲渡担保設定登記手続のため相手方らから最後に交付を受けていた前記五枚目の印鑑登録証明書を右根抵当権設定登記手続に使用したことに反発し、本件譲渡担保設定登記手続の履行については、何らこれを拒否する正当な理由がないのに、新しい印鑑登録証明書の交付を拒否しているものであること、抗告人は、平成四年一一月下旬ころ、全国二一か所の地方裁判所及び地方裁判所支部に対し、相手方ら及び前記関連会社を被申請人として、本件申請と同様の申請をし、東京地方裁判所を除く二〇か所の裁判所から申請どおりの仮登記仮処分命令を得てその旨の仮登記を経由したが、相手方らは、これに対し現在まで右各仮登記の抹消登記等の請求訴訟を提起していないこと、なお抗告人は、右申請についての東京地方裁判所の却下決定に対し東京高等裁判所に抗告をしたが、抗告期間経過により却下されたことがそれぞれ一応認められる。

右認定事実によれば、本件においては、すでに実体法上本件不動産の所有権は、抗告人と相手方らとの間の本件譲渡担保設定契約により抗告人に移転しているものであるが、ただ、相手方らがその所有権移転の本登記申請に必要な相手方らの印鑑登録証明書を約一年間にわたって五回も交付していながらその有効期間が経過したのち、正当な理由なしに新たな印鑑登録証明書の交付を拒否しているためその登記手続が行えないものであることが一応認められる。

そうすると、本件仮登記仮処分申請は、不動産登記法三三条一項の仮登記原因(同法二条一号)の存在についてその疏明があったものというべきであるから、正当としてこれを認容すべきである。

三よって、右と異なる原決定を取り消し、本件仮登記仮処分申請を認容することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 新村正人 裁判官 市川賴明 裁判官 齋藤隆)

別紙物件目録

(一) 株式会社イージーキャピタルアンドコンサルタンツ所有不動産

一 (一棟の建物の表示)

千代田区五番町壱弐番地七 建物の番号 ドミール五番町

(専有部分の建物の表示)

家屋番号 五番町壱弐番七の参参

建物の番号 弐―〇六四

鉄骨鉄筋コンクリート造壱階建居宅

六階部分 85.69平方メートル

(敷地権の目的たる土地の表示)

土地の符号 1 千代田区五番町壱弐番七

宅地 2668.06平方メートル

(敷地権の表示)

土地の符号 1 敷地権の種類 所有権 敷地権の割合 七九四参分の八六

(二) 垣端信榮所有不動産

一 (一棟の建物の表示)

東京都港区東麻布弐丁目八番地七

鉄筋コンクリート造陸屋根地下壱階付五階建

壱階 533.23平方メートル

弐階及び参階 各533.48平方メートル

四階 490.95平方メートル

五階 457.08平方メートル

地下壱階 119.37平方メートル

(専有部分の建物の表示)

家屋番号 東麻布弐丁目八番七の四壱 建物の番号 弐〇四

鉄筋コンクリート造壱階建居宅

弐階部分 54.05平方メートル

二 港区東麻布二丁目

八番七

宅地 838.08平方メートル

持分 壱〇〇〇〇分の弐六五三 (一棟の建物の表示)

港区赤坂六丁目四参弐番地 四弐七番地壱

鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根九階建

壱階 113.61平方メートル

弐階 130.73平方メートル

参階及び四階 各140.44平方メートル

五階ないし八階 各139.15平方メートル

九階 16.45平方メートル

(専有部分の建物の表示)

家屋番号 赤坂六丁目四参弐番壱六建物の番号 八〇壱

鉄骨鉄筋コンクリート造壱階建居宅

八階部分 60.88平方メートル

四 港区赤坂六丁目

四参弐番

宅地 124.26平方メートル

持分 壱〇〇〇〇分の七五五

五 右同所

四弐七番壱

宅地 55.62平方メートル

持分 壱〇〇〇〇分の七五五六 (一棟の建物の表示)

港区南麻布三丁目壱四四番地六壱

鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根七階建

壱階 583.50平方メートル

弐階ないし四階 各564.76平方メートル

五階 479.63平方メートル

六階 454.41平方メートル

七階 398.68平方メートル

(専有部分の建物の表示)

家屋番号 南麻布三丁目壱四四番六壱の四八 建物の番号 弐〇五

鉄骨鉄筋コンクリート造一階建居宅

二階部分 58.55平方メートル

七 港区南麻布三丁目

壱四四番六壱

宅地 974.89平方メートル

持分 壱〇〇〇〇分の弐壱壱

別紙準備書面

抗告人が主張する抗告理由は、次のとおりである。

一 不動産登記法第三三条一項によれば、仮登記仮処分命令は、「不動産の所在地を管轄する地方裁判所が仮登記権利者の申請により仮登記原因の疎明ありたる場合においてこれを発する」と規定する。従って、同条項に基づき仮登記原因を疎明して申請人から仮登記仮処分命令の申請が適法になされた場合、裁判所は、仮登記原因事実について疎明がなされていると考える限り、仮登記仮処分命令を発しなければならず、自由裁量をもって申請を却下することはできない(尚、仮登記原因事実について真実何らかの理由による障害事実があったとしても、その紛争の解決は本訴で結着をつけさせようという考えである)。

二 そこで、問題は疎明である。疎明は証明と異なり、証明の程度は、「当事者が自己の主張事実が真実らしいと裁判官に思い込ます程度の挙証」をすることでよいとされており、具体的には、契約書上の押印について印鑑登録証明書があれば疎明は成立すると考えられている。これを本件に即して考えれば、抗告人は、金銭消費貸借に関する基本事項を定めた取引約定書や覚書を始め、金銭の具体的な貸付(金銭の交付を含む)とその弁済期等を証明する被抗告人ECCが発行した約束手形とその保管証明書や延期証書、更に、被抗告人らと抗告人との間で締結した不動産譲渡担保設定契約書、譲渡担保設定の登記手続承諾の事実を証明する被抗告人らの印鑑登録証明書、委任状、権利証、本件仮登記仮処分命令を申請するに至った経過報告書等を疎明資料として提出した。従って、これらの資料を見る限り仮登記原因事実の疎明は十分である。別添資料に示すとおり、本件仮登記仮処分命令申請と同様の申請を不動産の所在地を管轄する全国二一の地裁及び地裁支部に対して、同一の疎明資料を提出して仮登記仮処分命令の申請をしたところ、東京地裁(但し、本申請の前の申請で、平成四年一一月下旬にした申請である)を除く他の地裁及び地裁支部はすべて疎明ありと判断して、申請とおり仮登記仮処分命令を発した。一人東京地裁のみが後述のような理由をもって申請を却下したのである。その不当性は、後述する理由のほか、他の裁判所の結果と対比しても明白といわなければならない。

三 原決定が本件申請を却下した理由は、およそ次のようなものである。

即ち、仮登記仮処分制度は処分禁止仮処分制度よりも仮登記権を得ることができるという点で、より強力な制度である。仮登記仮処分制度は、民事保全手続と異なり、被申請人に対して主張立証の機会や不服申立の機会が全く与えられていないうえ、誤った仮登記による損害担保の制度も保障されていない。このように申請人の一方的主張立証に基づき発せられる強力な仮登記仮処分の特質に鑑みたとき、不動産登記法第三三条一項にいう「疎明」の内容、程度については申請人は登記請求権の発生原因事実を疎明するだけでは足らず、その障害事実、消滅事実等の抗弁事実の不存在をも疎明する必要があるほか、心証の程度も証明に近い高度のものを必要とし、本件おいては、結局、登記請求権の障害事実ないし消滅事実の不存在に関する疎明は十分でないから却下は免れないというものである。

しかし、原決定は、以下で示すとおり、その理由には合理性がなく、著しく不当であるというべきである。

四1 第一に、原決定は、仮登記仮処分の制度が、非訟事件の性質を有するという点を看過している。本制度には抗告による不服申立制度が存在しない点を批判するが、しかし不服申立が簡単にできるとすると、申請人に簡易な方法で仮登記権を得させようとする制度の趣旨を却って没却することになる。

2 次に、原決定は、仮登記仮処分は申請人が提出した一方的疎明資料に基づき、しかも被申請人に主張立証の機会を与えないまましなければならないという欠点があると批判する。なるほどそうかもしれないが、しかし、この理由も根拠がない。処分禁止の仮処分も、実務上一般に申請人が提出した一方的疎明資料に基づき決定する。ただ、処分禁止の仮処分の場合は、被申請人を審尋する機会があるという点で被申請人に有利に働くことはある。しかし、被申請人を必ず審尋しなければならないというものではなく、実務上も特殊な事件を除き被申請人を審尋する例は余り多くない(密行性の要請)。その意味では処分禁止の仮処分も仮登記仮処分と指摘されるほどの違いはない。

3 また、原決定は、被申請人には、不服申立の機会がない不利益を指摘する。

確かに、被申請人が仮登記の抹消を求めるには本訴を提起しなければならない。しかし仮にそうであっても、不服申立の方法である保全異議訴訟と本案訴訟との間には裁判上どれほどの違いがあるだろうか(特に、保全異議訴訟と本訴の両者が同時に審理されているような場合、同一裁判を二か所で審理するようなものであるから、異議訴訟を事実上中止する場合が多い)。保全異議訴訟を提起してもその審理は本訴と実質上変わりない審理となるから、実質上本訴として審理する場合との違いはないのである。不服申立制度が存在することにより、それが申請人に対する行動の制約とはなり得るだろうが、しかし、相当厳格な疎明がない限り容易には認められない仮登記仮処分においては、疎明の程度で申立を制約するから、その点では違いがないように思える。

4 また、原決定は、仮登記仮処分は担保を立てさせることなく命ずるから、結果として誤った決定をしたとき、被申請人の不利益は著しいと批判する。

しかし、こうした批判は一面的でしかない。処分禁止の仮処分の保全異議訴訟又は本案訴訟で申請人が敗訴した場合、担保として立てた保証金は、被申請人に損害賠償として当然に没収される訳ではない。申請人が損害賠償請求訴訟を提起し裁判上損害額が認容されてはじめて、認容された損害額相当の保証金を取り戻すことができるだけに過ぎない。

同様に、損害賠償の請求は、仮登記仮処分の場合でも、担保はないものの可能である。本訴において、仮登記仮処分命令が誤っていたことが明らかとなれば、被申請人はその事実と損害額を証明して申請人に損害賠償を求める訴えを提起すればよい。裁判は誤った処分禁止の仮処分の場合と同様、仮登記仮処分でも申請人に過失が推定されるであろうから、被申請人が勝訴し、損害賠償が認容される可能性は高い。従って、問題の重点は誤った仮処分決定によって損害が発生したとき、そのための担保が予め確保されているかどうかにかかるのである(特に申請人に資力がない場合に意味がある)。その点保全処分において、担保を立てさせるかどうかは疎明の程度と裁判官の自由裁量に掛っており、疎明が十分であるとみれば、無担保で仮処分命令を発し得るのであるから、無担保で処分禁止の仮処分命令を発したような場合、仮登記仮処分命令との違いはなくなる。こう考えたとき、担保がないことをもって仮登記仮処分は被申請人に対して著しく不利益だとする理由は必ずしも妥当しない。

5 ところで、仮登記仮処分には順位保全の効力しかないし、当事者恒定の効力もない。これに対して、処分禁止の仮処分は不動産に関する一切の処分を禁止するとともに、当事者恒定的効力をも有する。両者にはそうした制度と効力の違いがある。順位保全の効力しか求めない者に、不動産の処分一切を禁止し当事者恒定的効力まで与えるのは過ぎたものである。民事保全法第五三条、第五八条以下は旧法と違いこの点を改善しているが、しかしそれであっても、後述のとおり仮登記仮処分の判度が不必要になった訳ではないのである。

6 原決定は、総じて金融取引の実態に無理解を示すばかりか、その論理は被申請人(不動産所有者)の一方的立場に立脚して論理を展開しているものと解せざるを得ない。

銀行やリース会社等の金融機関が大口の取引先から融資の担保に不動産を提供された際、登記手続に要する一切の書類の交付を予め受けて、いつでも登記手続ができる状態にしておくことがあるが、その場合融資期間の長短、弁済の見込み、融資金額、融資先の信用度、担保設定費用の節約、融資先の対外的信用等諸般の事情を考慮して、当面登記手続を留保し、そのかわりに、三か月ごとに印鑑証明書の再交付を受け続け、もし金融機関において登記しなければならないと判断したとき、いつでも登記手続ができるという合意をすることがある。このような担保提供方法は、当事者が亙いに信頼を置いている場合に多く見られ、こうした担保提供の方法が債権者債務者双方にとって極めて有利であるため採られるのであるが、本件は、正にこの例にほかならない。

従って本件において抗告人が、仮に平成四年三月末日に一〇〇〇億円の債権の弁済を得られなかったとしても、その債権額やその時の経済情勢、債務者の対外的信用性や返済の工面等を考慮して、その時直ちに譲渡担保に基づく所有権移転登記手続を行わず、同登記の実行を先送りにしたとしても、格別不都合はないのである。

尤も抗告人は、平成四年三月末日一〇〇〇億円の弁済を得られなかった結果、仮登記仮処分の申請に係る不動産以外の不動産について根抵当権等の担保権設定登記手続をする一方、本件譲渡担保設定契約に基づき、所有権移転登記手続を行うべく被抗告人らに対し、印鑑証明書の再交付を求めて度々交渉を重ねたのであるが、被抗告人らはどうしても右登記に協力しないため、止むなく平成四年一一月下旬に仮登記仮処分の申請をした。ところが、前述のとおり、東京地裁のみは同申請を却下したのである(尚、却下決定に対し即時抗告をしたが、抗告期間経過後の抗告であったため、東京高裁は同即時抗告を却下した。本件申請は従って再申請となる)。一年間何もしないで放置していた訳ではない。

7 前述のとおり、原決定は、被申請人保護の見地から被申請人の一方的立場に立脚して仮登記仮処分制度を論じているものと解するが、それは仮登記仮処分制度を運用するうえで正しい考えとはいい難い。仮登記仮処分の申請人が十分疎明できる疎明資料を有し、被申請人がその疎明資料を申請人に提供したという事実は無視してはならない。既述したとおり、申請人が仮登記原因を資料によって疎明する限り、不動産登記法第三三条に基づき仮登記仮処分命令を得る権利があるのであって、裁判所としても、被申請人が申請人との間で担保設定又は所有権移転登記契約を締結し、そうした疎明資料によって仮登記原因事実を疎明する限り、仮登記仮処分命令を発しなければならないのである。しかしこれに対し、債務者の一方的立場に立ち、「権利発生障害事実や、消滅・変更原因事実」まで申請人に疎明させようとすれば、それは著しく問題である。そのような事実の疎明はも早「疎明の概念」を超えており、「疎明の範疇」に属さない。申請人においてそうした事実を具体的に疎明することは実質上不可能であり、従ってその疎明を申請人に求める限り、仮登記仮処分命令申請はすべて却下を余儀なくされるであろう。疎明をそこまで要求する原決定は、恐らく仮登記仮処分制度を否定したい考えがあるからにほかならない。しかしそれは、立法政策論としてはとも角、現行法の解釈論としては明かに無理がある。仮登記仮処分制度は、申請人が仮登記原因事実を疎明する限り、その成立を阻害する事由は存在しないという考えが前提となっており、そのうえで申請人のため特別認められた簡易な仮登記設定制度なのである。民事保全法には旧法になかった第五三条、五八条以下の規定が新設されながら、不動産登記法第三三条が廃止されなかった点を考えなければならない。

五 処分禁止の仮処分においては、申請人に対し担保を立てさせる場合が多いので、無担保で仮登記権を取得できる仮登記仮処分制度の方が一般的に申請人にとって実益が大きい。そのため仮登記権を取得したいと考える申請人は、仮登記仮処分制度を選択することは十分考えられる。しかし、これは、不動産登記法上仮登記仮処分制度が存在する限り止むを得ないところである。

六 以上で明らかなように、原決定は立法論に立脚し、現行法を恣意的に解釈した独自の見解といわざるを得ない。それは、同一事案について仮登記を命じた他の二〇裁判所の決定とバランスを欠く考えであり、非訟事件についてこうしたバランスを欠く考え方は許容されるべきでない。尚、その立論は、東京地裁平成四年(モ)第三〇一六〇号仮登記仮処分事件平成四年六月一六日民事第二一部決定(判タ七九四号二五一頁)と軌を一つにするものであるが、以上の次第により、原決定は破棄を免れないものといわなければならない。

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